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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)10533号 判決

原告

谷本産業株式会社

右代表者代表取締役

谷本義明

右訴訟代理人弁護士

石田好孝

森永茂

被告

全日本金属情報機器労働組合

谷本産業支部

右代表者執行委員長

乃村勝美

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

請求の趣旨

1  原告が被告の構成員に支払う一時金の金額については、別紙一時金算定方法記載の方法により支払うことを確認する。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

第二  当事者の主張

請求原因

1  原告は、金属加工等を業とする株式会社である。

2  被告は、平成八年九月二日に、原告の従業員である左記の者八名によって結成された労働組合であって、権利能力なき社団である。

乃村勝美  舛田豊 野中博

野中恒則

上原慎也  藤原美和 杉山隆志

藤原直樹

3  原告は、被告結成後、労働条件等についての被告との団体交渉に応じてきた。原告は、被告に対し、右団体交渉の席において、平成八年の年末一時金(以下「本件一時金」という。)について、三〇パーセント分を査定の上支給金額を決定する旨を提案し、被告は、これに対し、査定をプラス一〇パーセント、マイナス五パーセントとする旨の提案をし、結局、妥結には至らなかった。

4  被告組合員は、平成八年一一月二八日より、腕章を着用して就労し、その他被告の上部団体の構成員が、原告の工場に多数押しかけるなどしたため、原告は、混乱を避けるため、右工場を閉鎖せざるを得なかった。原告は、被告組合員に対し、右工場閉鎖期間に対応する期間の賃金を支払わなかったところ、被告組合員らは、当庁に対し、右賃金の仮払を求める仮処分の申立て(当庁平成八年(ヨ)第三三四八号)をしたが、平成九年一月三一日、右事件について和解が成立した。原告と被告組合員は、右和解において、本件一時金についても話し合い、本件一時金については、今後原告・被告間で互いに誠実に団体交渉を行うことを確認した。

5  原告は、被告に対し、本件一時金の算定については、査定分を二〇パーセントとするとの提案をしたが、被告は、プラス一〇パーセント、マイナス五パーセントの主張を堅持し続けたため、しばらく団体交渉は平行線をたどったが、原告と被告は、平成九年三月二六日、本件一時金については、被告組合員についての具体的な算出額が、被告主張のプラス一〇パーセント、マイナス五パーセントの範囲に収まったことから、原告が二〇パーセントという一般的な査定権限(以下「本件査定権限」という。)を有することを口頭で合意し、これを前提とした本件一時金について、妥結確認書を交わした。

6  原告は、被告に対し、平成九年三月二七日、右年末一時金条項及び二〇パーセントの査定権限条項を記載した妥結確認書への調印を求めたが、被告は、右調印を拒絶した。

7  被告は、原告に対し、二〇パーセントの査定権限(本件査定権限)を有することを否認するに至ったため、原告は、平成九年度以降、各一時金ごとに、被告との団体交渉を余儀なくされるという不安定な地位におかれることとなった。仮に、原告が、本件につき、請求認容判決を得られれば、原告は、平均支給月額に基づき、直ちに一時金を算定することができ、査定幅について原告・被告間での無用な紛争を除去し、前記原告の不安定な地位が除去されることとなる。

8  よって、原告は、被告に対し、別紙一時金算定方法記載の方法により、被告組合員の一時金を算定し、支払う権限を有することの確認を求める。

理由

一  本件は、原告が、被告組合員に対して支給する本件一時金の算定について、二〇パーセントの査定権限(本件査定権限)を有していると主張しているところ、被告がこれを否定するので、原告の被告組合員に対して支給する本件一時金を算定しなければならない法律上の地位が著しく不安定になるとして、原告が、被告に対し、別紙一時金算定方法記載の方法により、被告組合員の一時金を算定し、支払う権限を有することの確認を求めた事案である。

二  しかし、次に述べるとおり、本件訴えは、当事者適格に欠け、かつ、確認の利益が存在しないというべきである。

1  当事者適格

(一)  当事者適格とは、訴訟要件の一つであり、訴訟物たる権利又は法律関係について、当事者として本案判決を求めうる資格をいい、これを財産権上の請求についていえば、訴訟物である権利又は法律関係についての利益の帰属によって決せられるべきである。

(二)  原告は、被告と、平成九年三月二六日の団体交渉において、原告が被告組合員に対して支給する本件一時金の算定については、原告が本件査定権限を有する旨の口頭の合意をしたと主張し、原告は、被告に対し、被告組合員に支給する一時金についての本件査定権限を有することの確認を求めた(本件訴え)。

本件査定権限は、原告が被告組合員に対して支給する一時金額を算定するために、原告が行使するものであるから、本件査定権限の存否及びその範囲について法律上の利害関係を有するのは、原告及び被告組合員であって、被告は、被告組合員の原告に対する一時金請求権については、何らの法的利益をも有しない。

したがって、被告は、本件訴えにつき、当事者適格を欠くというべきである。

2  確認の利益

(一)  確認の利益とは、訴訟要件の一つであり、原告の権利又は法律的地位に関して紛争が現存し、かつ、その紛争を解決する方法として、原告・被告間に、その請求について本案判決をすることが、有効・適切である場合に初めて認められるものである。請求認容判決を得ても、なお当該紛争が解決されないで残る可能性がある場合や、右紛争解決に最も適した方法が他に存在する場合には、右確認の訴えは、紛争解決には有効・適切ということはできないので、訴えの利益がないこととなる。

(二) 原告は、本件一時金を巡る紛争について、被告組合員を被告として、別紙一時金算定方法記載の計算方法により算定した一時金額を超えては債務が存在しないことを確認する旨の訴えを提起することが可能であり、仮に右訴えにつき請求認容判決がなされれば、原告と被告組合員との本件一時金の算定に関する紛争は終局的に解決することが期待できる。

(三) その一方、本件訴えにつき、仮に、請求認容判決がされた場合、右判決の既判力は、原告と被告との間にしか及ばず、被告組合員には及ばないのであるから、仮に、被告組合員が、原告に対し、本件査定権限が存在しないことを前提として算定した本件一時金の給付訴訟を提起すると、これが右請求認容判決の既判力に抵触することにはならないので、原告は、被告組合員との間において、再度本件査定権限の有無を争わざるを得ないこととなる。

即ち、仮に、本件訴えにつき請求認容判決がされたところで、その既判力が被告組合員には及ばない以上、その効果としては、せいぜい、原告と被告とが、本件一時金につき、右請求認容判決を前提とした団体交渉をすることができるというにとどまり、原告と被告組合員の間において、本件一時金の算定に関する紛争が終局的に解決することを期待することができないというべきである。

(四) この点、被告は、本件につき請求認容判決がされることによって、原告と被告との間において、本件査定権限の存否につき公権的解決がなされることとなり、その結果、原告と被告、被告組合員の間において、直ちに平成九年以降の一時金を含め、本件査定権限に関する一切の紛争が一挙に解決される旨主張する。

しかしながら、本件査定権限は、平成八年の本件一時金のみの算定に関するものであるので、この点について何らかの解決をみたとしても、そのことから直ちに平成九年以降の一時金の算定に関する紛争が解決するわけではないし、前記のとおり、請求認容判決の既判力が被告組合員には及ばない以上、本件一時金の算定につき、原告と被告との間に何らの何らかの解決をみるとしても、それは、被告組合員が、任意に右請求認容判決を受諾することを仮定して初めて期待しうる事実上の効果であるにすぎないというべきであるので、右紛争解決がなされることをもって本件訴えの確認の利益を基礎付けることはできない。

また、仮に被告組合員が右請求認容判決を任意に受諾し、原告が被告組合員に対して本件査定権限を有することを争わないとしても、別紙一時金額算定方法記載のとおり、本件一時金額は、原告による本件査定権限の合理的な行使を経て初めて算定されるのであるから、原告と被告組合員との間において、右合理性を巡って紛争が再燃することを防止できず、結局、右請求認容判決によって本件一時金を巡る紛争が終局的に解決することを期待できないというべきである。

(五)  したがって、結局、本件一時金を巡る紛争については、本件訴え以外に紛争の終局的な解決を期待できる紛争解決方法が現に存在する一方、本件訴えでは、仮に請求認容判決がされたところで、右紛争の終局的な解決を期待できないのであるから、本件訴えには、確認の利益が存在しないというべきである。

3  以上によれば、被告は、被告組合員の原告に対する本件一時金の請求については、何らの法的利益を有する者ではないので、本件訴えにつき、当事者適格を有しないというべきであるし、また、本件訴えによっては、結局、紛争の終局的解決を期待することができないというべきであるので、本件訴えには確認の利益が存在しないというべきである。

以上のとおりであるから、本件訴えは、いずれにしても、不適法であるということができる。

三  結論

以上によれば、本件訴えは、不適法であってその不備を補正することができないので、民事訴訟法一四〇条を適用して、口頭弁論を経ないでこれを却下することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中路義彦 裁判官長久保尚善 裁判官森鍵一)

別紙一時金算定方法

一 被告組合員らの各基本給に平均支給月額を乗じた額(以下「基本金額」という。)の二〇パーセントにあたる金額(以下「原資」という。)に査定値を乗じた額を基本金額に加減して各組合員らに対する支給額を算出する。

二 査定値の算出方法は次のとおりである。

1 原告は、被告組合員の勤務状況について、左の一三項目について、マイナス三からプラス五までの九段階の評価を行う。

(一) 所定時間内に作業は完了したか。

(二) 納期遅延はなかったか。

(三) 不良品発生率は低減したか。

(四) 返品・クレームはなかったか。

(五) 品質の向上、均質化に努めたか。

(六) 機械工具の点検・整備は良好か。

(七) 作業の安全性に十分留意したか。

(八) 整理・整頓は十分にできたか。

(九) 作業附帯経費の削減に努めたか。

(一〇) 雑談・無断外出等はなかったか。

(一一) 指示・命令は遵守したか。

(一二) 作業上の改善策が提案できたか。

(一三) 連絡・連携が上手くできたか。

2 各査定項目の評価を合算した査定評価がマイナスであれば、右マイナスの査定評価を三九で、プラスであれば右プラスの査定評価を六五で割った値を査定値とする。

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